vol.1 織田 憲嗣 氏コラム

Date: 2014年9月29日 Category:

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「家具からみるセカンダリー・マーケットの必要性」

ファスト製品の問題点

世界各地の主要都市では、毎年、家具の新作展示会が開催されています。それらを合わせると、毎年数10万点もの数になるでしょう。特に発展途上国においてはその勢いを増すばかりです。そうした家具の市場を概観しますと、昨今、特に目立つのが、途上国の新興国などで製造された低価格の製品群でしょう。それらは一見センス良く作られており、若年層を中心に支持され、その売り上げを伸ばしています。しかし、そうした「ファストファニチャー」に代表される超低価格なファッション、フード、デイリーグッズ(日用品)が生活文化を著しく低下させている現実があり、その価格の裏側に潜む様々な問題点に目を向けることなく購入し、構造やデザイン性など、品質上の問題点が顕在化すると、いとも簡単に処分・廃棄されてしまいます。ファストな物にも貴重な資源やエネルギーが使われており、それらが捨てられることで環境問題をも引き起こすことになります。

一方、1940 年代から1960年代にかけて誕生した家具をはじめ、様々な日用品は、大戦中の耐乏生活を吹き飛ばすかのような素晴らしいデザインが北欧をはじめ、アメリカやイタリアで次々と誕生しました。戦時下において、単に需要が無いから何もしないのではなく、そんな時こそスケッチを描き、アイデアを練り、デザイナーや建築家、クラフトマン達は自分達の活躍すべき時を忍耐強く待っていたのです。それらのエネルギーが一気に開花したのがミッドセンチュリーの時代でした。丁度、その頃は様々な科学技術や新素材も開発され、それまで不可能と思われていたデザインも可能となったのです。このミッドセンチュリーの時代に誕生した様々な製品に共通するのは、優秀なデザイナーの才能に油がのりきっていた時であったこと、職人の技術が大いに発揮できる民主的な時代になったこと、そして、自由貿易により世界中の良質な木材をはじめ、物づくりに必要な優れた素材が入手できたこと、これらに加え、科学技術や新素材の発明など、良い条件が重なったことです。

そんなミッドセンチュリーの頃に誕生した様々な製品を支持し、購入し、長く愛用してきた愛用者のことも見逃せません。しかし、1980年代になると、そうした愛用者の多くが高齢化し、やがて亡くなると世代交代が起こり、価値観の全く異なる世代が受け継ぐことになりました。するとそれまで大切に使われてきた家具や日用品の多くがオークションやガレージセールで売られ、散逸してしまったのです。

その頃、私もデンマークのそうした場所で様々な研究資料を入手したのです。当時はコペンハーゲンにはアンティークショップはあってもヴィンテージショップは無く、中古家具のディーラーの存在も無かったのです。しかし、だからこそ私にとって貴重な家具や書籍の数々が入手できたのです。その後、70年代後半からは著名なメーカーが工房を閉鎖し、倒産し、名品の数々が市場から姿を消してゆきました。替わって、品質の劣る新作家具が次々と生まれるにつけ、かつてのミッドセンチュリーの時代に生まれた、時を超越した美しさ、優れた品質、デザイン性の高さ等が再び注目されることになり、北欧のみならず、世界の主要都市や日本各地にヴィンテージショップが次々と誕生し始めました。

物の寿命

長い時間を生き抜いてきたそれらの品々は今後もそれが使われてきた年月と同じか、それ以上の時間を生き続ける寿命をもっています。物には幾つかの寿命の要素があります。1 つは素材の寿命。2 つ目は構造的寿命。3 つ目は機能的寿命。そして4 つ目がデザイン寿命です。これらのうちの1 つでも欠けると物としての寿命は終わるのです。セカンダリーマーケットに求められるのは、こうした要素を兼ね備えた物でしょう。過去のデザイン文化遺産とも言うべき、優れた品々にスポットを当て、評価を与え、これからも後世に受け継いでゆくべきでしょう。何よりも、時間が磨き上げた美しさは新作にはない魅力があるのですから。


織田 憲嗣 NORITUGU ODA

1946 年生まれ。大阪芸術大学卒業後、高島屋宣伝部を経てフリーのイラストレーターに。その頃から名作椅子の収集を始める。ヨーロッパモダン、特に北欧家具のコレクターであり、日本のみならず北欧ヴィンテージマーケットにおいても第一人者で北欧家具に関する著書も多数。現在、椅子研究家として世界的に知られる。
東海大学芸術工学部教授。著書に「日本の家」(福音館書店)、「ハンス・ウェグナーの椅子100」(平凡社)、「名作椅子大全」(新潮社) など。